ASDの特性が活かせる職種
「ASDに向いている職種」を探す難しさ
書籍やインターネット上の情報で「ASDに向いている」と紹介されている職種を見て、皆さんはこんなイメージを持たれることはないでしょうか。
- ・マニュアルがあり、正しい手順やルールに従って作業する事務系や作業系の職種は、ASDに向いている
- ・お客様に合わせて臨機応変にコミュニケーションをし、その場で柔軟な対応が求められる営業系や販売系の職種は、ASDに向いていない
これらのイメージを図にしてみると、このようになります。
しかし実際にその職種について調べてみると、会社の状況によって中身はかなり違います。例えば、ASDに向いている職種として挙げられることの多い事務職であっても、「業務がキッチリ分業されており、マニュアルも整備されている会社の事務職」と「一人で何役もこなさねばならず、マニュアルも整備されていない会社の事務職」では、まったく違うものになります。
自分が担当する業務の種類によっても状況は変わります。こちらも、ASDに向いている職種として挙げられることの多い財務・経理職を例に見てみましょう。
自分の担当が「会計ソフトへの記帳業務」だけであれば、マニュアルに従い周囲とあまりコミュニケーションを取らずとも行えるかもしれません。
しかし担当が「請求書の処理業務」や「経費の精算業務」などに広がっていった場合、書類の内容について社内外とやり取りしながら、状況に応じて処理を進めなければならないものも出てきます。
具体的に「経費の精算業務」について見てみましょう。この業務は社員から提出された書類(領収書、請求書など)を処理するものです。
一見すると「提出された書類を処理する」のであれば、問題なくマニュアル通りに進めることができそうに思えます。しかし現実には、期日が決まっているのになかなか書類を出してくれなかったり、期日を過ぎてから頼み込んで提出してきたりするようなケースもあります。
たとえ自分はルールを守っていたとしても、人が集まって仕事をする中では、ときに相手に合わせてつじつまを合わせなければならない—こうしたこともコミュニケーションの一種ではあり、ストレスだと感じてしまう場合があるのです。
長く仕事を続けていくなかでは、マニュアルがあったとしても必ずしもその通りには進まず、周囲とコミュニケーションを取りながら業務を進めねばならないケースも出てくるのです。
つまり同じ職種であっても、会社の状況や担当業務によって、業務の定型・非定型や、必要なコミュニケーションの量が変化してしまうということです。これがASDの特性を活かせる職種を探すときの難しさへとつながっています。
最初は定型的で自分一人で完結できる仕事の担当だったとしても、慣れてくれば少しずつ担当範囲が増えますし、誰かとコミュニケーションを取りながら状況に応じて対応しなければならない仕事も任されるようになります。
先ほども書いたように、私たちの仕事や日常生活において、人とのコミュニケーションをなくすことは現実的にはなかなかできません。「長く働く」「やりがいをもって働く」ためには、人とのコミュニケーションに対する困難さに、なにか対策をする必要があるのです。
「才能で突き抜ける」ことは現実的に可能?
もしかしたら、先ほどご紹介したレオナルド・ダ・ヴィンチのように、ASDの特性を活かして「興味関心があり自分が没頭できる分野で圧倒的に突き抜ける」というのも、一つの方法かもしれません。
スウェーデンの環境活動家であるグレタ・トゥーンベリさんの事例を見てみましょう。グレタさんは自身がASDであることを公表して活動していますが、当時16歳だった彼女がはじめた活動は、世界的なムーブメントを巻き起こし、最終的にノーベル平和賞にノミネートされるまでに至りました。(参照元:「アスペルガーは才能」ノーベル平和賞にノミネートされた発達障害の少女が投げかける。障がいとは何かを | ハフポスト WORLD)
彼女やレオナルド・ダ・ヴィンチのように、ASDの特性を活かし圧倒的に突き抜けた「何か」をもった人であれば、周囲から一目置かれる存在になれるのかもしれません。
しかし私たちの日常生活においては、それはなかなか難しいのではないでしょうか。
すでに自分の才能や技能がはっきり分かっていればいいのですが、現実には「それが見つかっていない」という方も多いのではないかと思います。仮に見つかっていたとしても、安定的にお金を稼いで生計を立てられるかどうか(=持っている才能や技能がお金を稼ぎやすいものかどうか)という課題もあります。
実際、グレタさんが行っている活動がどれだけ社会的意義のあるものだったとしても、それがお金を稼げる「仕事」になるかどうかは別問題です。彼女は「ASDであることは才能であり、スーパーパワーを与えてくれる」と述べており、それはとてもすばらしい考え方です。しかし現実的には、私たちはまず目の前の日々の生活を営んでいかねばなりません。
現代の日本において、現実的に生計を立てつつASDの才能を活かすためには、どのような仕事を探せばいいのでしょうか。
ASDのある方が長く、やりがいをもって働ける可能性がある職種3選
まだ見つからない何らかの才能が隠れているのだとしても、現実にはまず安定的に働いてお金を稼ぐことからはじめる必要があります。
そこで、定型的・コミュニケーションが少ない仕事から始められて、徐々に専門性で突き抜けられそうな職種を3つピックアップしました。もちろん、「今回ピックアップした3つの職種以外は、ASDのある方には向いていない」というわけではありません。あくまで就職や転職活動をおこなう際の、一つの参考例として、ご覧ください。
1. 財務・経理
企業活動におけるお金の流れを、正確かつ厳密に管理しなければならない財務・経理の仕事は、ASDの「正しい手順やルールを守ることができる」「細かな違いやミスに気づくことができる」という特性を活かして活躍できる可能性があります。
仕訳業務のように「細かな明細や数字を黙々と処理する」ような業務もあれば、会計データをもとに企業の経営分析をおこなうような業務もあり、自分に合わせてチャレンジの幅を広げていきやすい職種です。
また会計と合わせてITの知識を身に付けることで、より高度な分析をしたり、バックオフィス業務の全体を効率化したりするような業務の広げ方も考えられます。
資格も難易度が低いものから高いものまで幅広くチャレンジできます。例えば「簿記」であれば、3級は自学でも比較的取得がしやすい一方で、2級・1級は専門性が高く、ステップアップしてチャレンジするのにやりがいがある資格です。
他にも「給与計算検定」「ビジネス会計検定」といった民間資格もあります。そして、取得は困難ではありますが、会計系の最上位の資格として「税理士」や「会計士」などの国家資格もあります。
日々の業務ではExcelやWordなどのオフィス系ソフトを使う機会も多いため、MOS(マイクロソフトオフィススペシャリスト)のようなIT系の資格も相性が良いでしょう。Excelのスキルを高めていけば関数やマクロを使って業務を効率化できますし、汎用性が高いので幅広い仕事で応用できるスキルにもなります。
財務・経理の仕事はどの企業にも必要なものですので、大企業から中小企業、税理士事務所まで、幅広く求人があります。ただし中小企業や税理士事務所の場合、会計業務以外にもさまざまな事務作業を担当しているケースが多く、臨機応変な対応が求められる傾向があるため注意が必要です。
「マニュアルがしっかり整備されている」「分業がはっきりしていて担当が明確である」という点で、大企業や特例子会社への就職を目指す方が良いでしょう。
2. Webデザイナー
「細かな違いやミスに気づくことができる」「興味関心のあることに没頭できる」「独創性や発想力がある」というASDの特性を活かして活躍できる可能性があるのが、Webデザイナーです。
「Webデザイナー」と一口に言っても、以下のようにさまざまな業務があります。
- ・お客様との調整や全体の進行管理をおこなう「ディレクション」
- ・導線やコンテンツの配置など、サイト全体のデザインを設計する「UI/UXデザイン」
- ・サイトに掲載する文章を制作する「ライティング」
- ・画像やイラストを制作する「デザイン」
- ・HTMLやCSSなどの言語を使い設計図に従って実際にサイトを組んでいく「コーディング」
上記のうち「コーディング」の業務は、細かな部分までミスなく処理することが必要なためASDの特性を活かせる可能性があり、また、専門学校などでHTMLやCSSといった言語を学べば未経験者でも比較的チャレンジがしやすい業務です。またデザインが得意な方であれば、「独創性や発想力がある」という特性を活かして、クリエイティブに特化した道という選択肢もあるでしょう。
コーディングを専門に担当する職種として「コーダー」を募集している求人もありますので、コーダーからはじめ、自分に合わせて徐々にチャレンジする領域を広げていくこともできるでしょう。
Webデザイナーの求人は、大きく分けて「事業会社」のものと「制作会社」のものとがあります。
- ・事業会社のWebデザイナー:自分の会社のWebサイトを制作・保守する
- ・Web制作会社のWebデザイナー:お客様の会社のWebサイトを制作・保守する
「Webサイトを制作・保守する」という点はどちらも同じですが、Web制作会社の場合は社外のお客様あっての仕事ですので、仕様やスケジュールなどがお客様都合で変更になることもあります。その点は注意して選びましょう。
「特性を活かせる可能性がある」「企業からの求人ニーズが大きい」という理由から、近年はWebデザインを専門的に学べる就労移行支援事業所も増えています。そうした福祉施設を利用して、一からスキルを身に付けたり、就職先を探したりする方法もあります。
就労移行支援事業所については、以下の記事もご参照ください。
3. ITエンジニア
Webデザイナーと同じく「細かな違いやミスに気づくことができる」「興味関心のあることに没頭できる」「論理的な思考を持っている」というASDの特性を活かして活躍できる可能性があるのが、ITエンジニアです。
基本的にはプログラミング言語の専門的な知識が必要であり、未経験からチャレンジすることは難しいですが、近年はITエンジニア人材の需要は非常に高まっており、基礎的なスキルが習得できていれば実務経験が少なくてもOKという求人もあります。
先ほどご紹介した「2. Webデザイナー」と同じく、「特性を活かせる可能性がある」「企業からの求人ニーズが大きい」という理由から、近年はプログラミングを専門的に学べる就労移行支援事業所も増えています。そうした福祉施設を利用して、一からスキルを身に付ける方法もあります。
ITエンジニアのなかには、ソフトウェアの動作テストを専門におこなう「テスター」や、プログラムの不具合を発見・修正を専門におこなう「デバッガー」という職種もあります。これらの職種では、ASDの「細かな違いやミスに気づくことができる」という特性が活かせる可能性も高まります。
またITエンジニアの中でも「(SE寄りの)要件定義など仕様を考える仕事」では、「何を・どうすれば・どのようなことができ・解決に至れるのか」をロジカルに考えることが求められるため、「論理的な思考を持っている」という特性を活かすことができるでしょう。
特定の分野で高度専門的な知識を身に付ければ、高い収入が期待できるのもエンジニアの特徴です。専門学校などで基礎知識を身に付けた上で、まずは「テスター」「デバッガー」からはじめ、徐々に専門領域へとチャレンジを広げていく、というキャリアステップが考えられるでしょう。
就職先としては、大企業の特例子会社など障害者雇用でテスター/デバッガーを積極的に募集している企業もあります。特例子会社については、以下の記事もご参照ください。
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