「頑張っているんだけど、なぜか仕事がうまくいかない」
「学生時代は気付かなかったけど、社会人になってミスや失敗が目立つようになった」
筆者は発達障害のADHD(注意欠如・多動性障害)の診断を20代後半に受けました。今になって振り返ると、幼少期や学生時代にも、ADHDの特性が出ていたと思います。しかし、そのときは「発達障害」という言葉自体を知らなかったこともあり、ただ単に「なぜだか分からないが、とにかくうまくいかない」という思いを抱えていました。
その後、発達障害の診断を受け、自分の障害特性を理解し受け入れたことで、具体的な対策を打って「生きづらさ」を軽くしていけたという実感があります。そんな「発達障害の気付き」「障害特性の受け容れ」「特性への対策」について、経験談を交えながらお伝えしていこうと思います。
発達障害による「生きづらさ・働きづらさ」を感じている皆さまに、この記事がお役に立つことを願っています。
発達障害の診断を受けるべきか悩んでいる方は、以下のコラムもあわせてお読みください。
執筆者紹介
小鳥遊(たかなし)さん
発達障害やタスク管理をテーマに、2021年まで会社員、2022年からフリーランスとして活動している。
発達障害(ADHD)当事者。主に発達障害や仕事術をテーマとするweb記事を執筆。2020年に共著「要領がよくないと思い込んでいる人のための仕事術図鑑」(サンクチュアリ出版)を執筆し発行部数は10万部を超える。
また、就労移行支援事業所でタスク管理等に関する定期プログラムやセミナー等を実施。企業や大学等での講演、個人/法人のタスク管理コンサルティングもおこなっている。
目次
ADHDとは
まず、ADHD(注意欠如・多動性障害)について、その脳の特性とその特性による影響について簡単にまとめたものをお伝えします。
脳の特性
判断や抑制をつかさどる脳の部位の機能低下 | ・行動や思考のブレーキが効きにくい。 ・思いついたことをよく考えず衝動に任せて言ってしまったり行動したりしてしまう。 |
ワーキングメモリーの機能低下 | ・臨機応変な対応が難しい。 ・不注意が起こりやすい。 |
特性による困りごとの例
- ケアレスミスや忘れ物・無くし物が多い
- 落ち着きがないと言われることがある
- 人の話を聞き続けることや同じ資料を読み続けることが苦手
- 予定や約束を忘れてしまうことがある
- 遅刻を繰り返してしまうことがある
- 部屋の片付けや物を探すことが苦手
- 思ったことをそのまま口に出してしまうことがある
- 衝動買いや計画性のない行動をしてしまうことがある
- 仕事中や授業中など大事な場面で寝てしまうことがある
- 計画通りに物事を進めることや、締切を守ることが苦手である
このように、脳の特定の機能が低下することで日常生活や仕事上で多くの困りごとが発生することがあります。もっと詳細を知りたい方は、大人の発達障害とは|注意欠如・多動性障害(ADHD)をご覧ください。
ADHDの気付き
「自分がADHDである」という気付きは、幼少期に親が気付いて診断をしてもらったり、逆に大人になって困りごとに直面してはじめて気付いたりと、人によって千差万別です。それぞれの時期別に、よくある気付きのパターンを、筆者の経験談も交えてご紹介します。
幼少期
まだ成長段階であることが多い幼少期は、「忘れ物が多い」「落ち着きがない」「衝動的に行動する」といったことが、先天的な発達障害の症状によるものなのか、それとも成長の一過程だからなのかが判別つかないことがあります。
そんな中でも、以下のような傾向が見られ、それにより保護者の方などから注意を受けることで、本人や周囲が気が付くことが多いと考えられます。
不注意によるもの | ・ 話を聞き続けられない ・ 遊びや活動に集中できない ・ 忘れ物や失くし物が多い |
多動性によるもの | ・じっとしていられない ・ 落ち着きがなく、絶えず動き回る ・ 静かな活動が苦手 |
衝動性によるもの | ・ 順番を待てない ・ 思い付きで行動をする ・ お友達に手が出てしまう ・ 感情の起伏が激しい |
今思い返してみると、ADHDの特性や、さらには同じく発達障害の一類型であるASD(自閉スペクトラム障害)の特性が影響していると思われる困りごとがよく発生していました。
※ASDの特性について詳しく知りたい方は、大人の発達障害とは|自閉症スペクトラム障害(ASD)をご覧ください。
幼稚園の運動会でリレーでのことです。チームに分かれて1人1周ずつ走っていました。第3コーナーにさしかかる直前に先生から「内側を走って!」と言われ、向きをグイッと変えてコースを外れてゴールへほぼ一直線に向かってしまいました。もちろんルール違反で失格です。先生の言う「内側」は、「コースの中で、他の選手よりもなるべく内側」という意味だったのですが、そういった理解をせず独自の解釈をしてしまったのです。「なんでそうするの!?」と先生に叱られながら、心の中では、内側と言われたから内側を走っただけなのにと不満を抱いたことを覚えています。
後年筆者が受けた診断はADHDですが、発達障害は併存することがよくあります。このリレーでの出来事は、ASDによく見られる「言葉の意図が読めない・文字通りに言葉を受け取る」という特性の影響も少なからずあったのではないかと考えています。
学生時代
学生時代は、幼少期より人格形成がされつつあり社会性も求められるので、本人もその特性に比較的気が付きやすくなります。
そのような状況で、以下のような傾向があり、周囲との差を認識することで、自身のADHD特性に気が付くことがあります。
学習の困難 | ・集中力が持続しない ・授業中にぼんやりしている ・宿題や課題を忘れることが多い |
行動管理の困難 | ・計画的に勉強や課題をこなすのが難しい ・物忘れや失くし物が多い |
行動抑制の困難 | ・教室内で落ち着かない、席を立ち歩く ・過度に話す ・ 質問が終わる前に答えたがる |
社会性の困難 | ・衝動的な発言や行動が多い ・危険な行動をとりやすい ・友人関係がうまく築けない ・いじめの対象になりやすい |
筆者は、学習の困難や行動管理の困難、さらにはその社会的な困難があり、「忘れ物が多い」「宿題を忘れる」「計画的に課題をこなせない」「衝動的な行動」といった多くの困りごとに直面していました。
小学生のとき、市のイベントでキャンプにいったときがありました。そこで知り合った友人たちと、近くにある山に登りました。その山はかなり斜面が急で、山道には道に沿って綱がひいてあり、当然その綱につかまりつつ山道を歩かなければ危険なのですが、ふと「この綱から手を放してみたらどうだろう」と考え、パッと手を放してしまったのです。
それから数歩は余裕で歩けたので、調子に乗ってちょっと「ホラ大丈夫!」と速度を早めたところ、その加速が止まらなくなってしまいました。運悪くつまづいて転び、ゴロゴロ転がっていく形になりました。その先は急カーブで、そのままだと自分で曲がることができず深い谷に投げ出されてしまう状況でした。
幸い、急カーブの手前にある大きな木にぶつかって止まり鎖骨骨折で済みましたが、木がなかったら谷底へ落ちていました。まさに、衝動性による危険な行動と言えます。
ただ、幼少期も学生時代も、「発達障害」や「ADHD」という言葉自体があまり知られていなかったこともあり、そういった困りごとがあったにもかかわらず、自分自身も周囲も、特段対策を打つという考えすら思い浮かびませんでした。
社会人以後
幼少期や学生時代において、自身のADHD特性に気が付かず過ごしてきても、社会人として自立・自律して仕事や日常生活をおこなうようになってはじめて気が付くことがあります。
多くの場合は、仕事をする上での困りごとに直面することで否応なしに自身の特性を自覚せざるを得ないというパターンになります。
職務遂行の困難 | ・プロジェクトの計画が立てられない ・ケアレスミスが多い ・時間管理が苦手(遅刻や納期遅れが多い) ・時間配分がうまくできない ・優先順位付けが苦手 |
対人関係の困難 | ・上司や同僚とのコミュニケーションがうまく取れない ・衝動的な発言や行動でトラブルが生じる |
日常生活等における困難 | ・感情の起伏が激しいことが多い ・ストレスやフラストレーションを感じやすい ・家事の管理や金銭管理が苦手 ・日常生活のルーチンを維持できない |
筆者は、職務遂行の困難や時間管理の問題などにより、仕事がうまくいかないと悩むことが非常に多く、さらに、その影響で周囲との関係性が悪化してなおさら仕事がうまくいかなくなるという悪循環に陥りました。
司法書士の資格試験の勉強をしていた20代後半で就いた、ある不動産屋でのアルバイトの話です。最初は快く迎え入れてくれたものの、送付すべき書類を頻繁に間違ったり、お客様を入居候補物件へ案内するのに事前に地図をチェックせず道に迷って結局満足に案内できなかったりとミスや失敗をしていたので、次第に人間関係が悪化していきました。
あるとき、経理をしている社長夫人から、従業員全員にジュースの差し入れがありました。当然自分ももらえるものと思っていたのですが、私だけスルーされてしまいました。また、その社長夫人へ、とある物件についての報告をしたときに、とにかく「言っていることが分からない」とだけしか言われず、どこをどう直して報告すれば良いかも分からず完全に自信を失い、簡単な仕事すらうまくいかないという状況になってしまいました。
そんなこともあり、「自分がこんなにうまくいかないのは、何か理由があるのかもしれない」と思い、「仕事 できない」「仕事 ケアレスミス」といった検索ワードで調べてみたところ、はじめて発達障害やADHDという言葉を知ったのです。その後、公的機関に相談して診療所を紹介してもらい、ADHDの診断を受けました。