「頑張っているのに仕事がうまくいかない」
「みんなはできているのに自分だけできない」
社会人になった途端に、仕事でうまくいっている友人たちとの間に距離を感じてしまう。会社で認められて出世したり、大きな買い物を次々にしていく周囲の人たちがいる一方、自分は些細なことでも失敗をしでかして、どんどん自信がなくなっていく。そういった筆者の体験談をもとに、そんな状況から立ち直っていった仕事のコツを、筆者の執筆した書籍『発達障害の僕らが生き抜くための「紙1枚」仕事術』をベースにお伝えします。
皆さまの「生きづらさ・働きづらさ」への対処法のヒントとして、この記事がお役に立つことを願っています。
執筆者紹介
小鳥遊(たかなし)さん
発達障害やタスク管理をテーマに、2021年まで会社員、2022年からフリーランスとして活動している。
発達障害(ADHD)当事者。主に発達障害や仕事術をテーマとするweb記事を執筆。2020年に共著「要領がよくないと思い込んでいる人のための仕事術図鑑」(サンクチュアリ出版)を執筆し発行部数は10万部を超える。
また、就労移行支援事業所でタスク管理等に関する定期プログラムやセミナー等を実施。企業や大学等での講演、個人/法人のタスク管理コンサルティングもおこなっている。
大学は出たけれど
就職活動ができなくて資格試験の道へ
大学進学までは周囲と変わらず普通に過ごしていましたが、大学3年生から始まる就職活動で、「なぜ自分は働かなければいけないのだろう」「自分が本当にやりたい仕事って何だろう?」と考え始めてしまい、答えが見つからず就職活動全般に対して興味がなくなってしまいました。
後にADHDと診断される筆者は、「知識の偏り」を医師より指摘されます。興味がないことは徹底して知識が身に付かないということです。そんな筆者なので、「仕事をすること」に興味を持てない当然の結果として、就職活動に身が入らなくなってしまいました。
そんなことから、法律系の難関資格である司法書士を目指すことになるのですが、消去法で選んだこともあり勉強に身が入らず、大学卒業後20代の大半を受験勉強に費やしてしまいました。
勉強しながらアルバイトをしようと考えたものの、慣れないこともあってか仕事がうまくいかず、司法書士事務所と不動産会社でのアルバイトを相次いでクビになり、「これは何かおかしいのではないか」と思って診断を受けました。そこでADHDの診断を受けたのです。
就職しても傾向は変わらず
その後、障害者雇用枠で会社に就職し、約4年ほどはなんとか仕事を続けられたものの、会社内の状況の変化なども影響して、仕事のミスが頻発し会社に行けなくなり休職し、そして退職してしまいました。
筆者には、このような特性があります。
私は、発達障害の1つADHD(注意欠如・多動症)の診断を受けていて、具体的には、「抜け漏れ」「先送り」「過度な自責傾向」「段取りが苦手」「集中しづらさ」という発達障害によくある特性があります。
『発達障害の僕らが生き抜くための「紙1枚」仕事術』(SBクリエイティブ)
ADHDの特性は、基本的には一生変わりません。筆者は、特に緊張したり焦ると、この特性が出やすく、より強く出てしまいます。会社の経営状況が悪くなり人員も減らされていった結果、仕事の負荷が年々重くなっていきました。それと同期するように、社内の人間関係もギスギスしていきました。そういった環境の変化から特性が強く出るようになり、いくら頑張ってもなかなか仕事がうまくいきませんでした。その結果、休職し退職にいたったことは、前述のとおりです。
そのような展開は、転職した次の会社でも同様でした。会社の経営状況は好調でしたが、クローズ雇用(障害を開示しない一般雇用枠)で入社したのと、年齢を加味してもらって役職付きになったため、前の会社よりも一層業務負荷が重い環境で働くことになりました。その結果、特性が強く出てしまい仕事が思うようにいかず、1年程度でまた休職することになりました。
一方、友人たちは……
筆者が休職や退職をしている一方、友人たちは着実にキャリアを積み重ねていきました。有名企業に入って順調にステップアップする友人、高い車を買う友人、豪華な結婚式をあげる友人、家業を継いで経営層として結果を出す友人、飲食業で頑張ってお店を持つまでになった友人。周囲の人たちは仕事というフィールドできちんと結果を出して、ライフイベントも次々と迎えていく。それに比べて、自分はなぜできないのだろうと、自己肯定感は下がるばかりでした。
私はずっと「自分の力で稼いで、(自分の考える)人並みの生活をしていきたい」という気持ちを持っていました。大学を卒業するまで、いつかは自分にも「人並み」の生活や幸せが勝手に訪れるものだと信じていたからでしょう。
ところが、学生時代が終わり、社会に出た途端、「人並み」とか「普通」とか、そういう類のものが自分にとってはるか遠くのものになってしまいました。「いわゆる障害者雇用」のあまりにも低い給料に悔し涙が出たのも、有名企業に入った大学の友だちと心のどこかで距離感を覚えてしまったのも、その根底にはいつも、「人並みになれない自分」への驚きと悔しさがあったのだと思います。
『発達障害の僕らが生き抜くための「紙1枚」仕事術』(SBクリエイティブ)
「タスク管理」で劇的に変わる
「タスク管理」なんて知らなかった私
自己肯定感が大きく下がり、自信を完全に喪失した私は、「できる」自分を背伸びして追い求めるのを諦めるようになりました。それは、今考えれば結果的に自分を良い方向へと導いてくれたと考えています。「できない」等身大の自分を認めることができるようになったことで、自分の抱える特性「抜け漏れ」「先送り」「過度な自責傾向」「段取りが苦手」「集中しづらさ」に真っ向から向き合い、現実的な対策を講じることができるようになりました。
「現実的な対策」とは、「内勤事務職である自分が、目の前のパソコンで仕事の管理表を作る」ということです。当時は、これが「タスク管理」になるとはつゆ知らず、「仕事ができない自分のためのちょっとした工夫」ぐらいしか考えていませんでした。
①「抜け漏れ」対策
「言われた仕事は全部書く」ということを徹底してやりました。頭の中にあるから書かなくていい、と書くのが面倒な私は思いがちでしたが、面倒でも書く!と自分に言い聞かせ、目の前のパソコンのExcelに書き出しました。
抜け漏れや忘れは、頭で記憶しようとするから起こります。つまり、頭で記憶せず、外部媒体に記録すれば良いのです。こんな当たり前のことがなぜ今まで思いつかなかったのか不思議でした。
②「先送り」対策
先送りをしてしまう原因の1つとして、「将来得られる大きな達成感」よりも「今得られる小さな達成感」を優先することが挙げられます。やらなければいけない大きくて手間のかかりそうなプロジェクトに高いハードルを感じて、ちょっとの手間でできそうなデスク回りの掃除をついやってしまうのです。
そうならないように、大きくて手間のかかりそうなプロジェクトはすぐに終わらせることができる細かい作業に分け、取り組むことへの心理的なハードルを下げました。
③「過度な自責」対策
過度な自責傾向とは、自分が責任を持たなくても良い事柄に関しても、「何か自分がやれたのではないか」と考えてしまい、「うまくいかなかったのは自分のせいだ」と思ってしまうことです。心理学上の言葉では「自己関連付け」と言います。
これに対しては、「自分の責任」「相手(自分以外の他人)の責任」とをタスクごとに見える化して、「相手の責任は相手の責任」と思えるようにしました。
④「段取りが苦手」対策
決められた締切までにタスクを完了させるための「段取り」。夏休みの宿題をやらずに放置して最終日に慌てて手を付けるも間に合わない、といった話がよくあります。まさに自分がこのタイプで、段取りがうまくない典型例でした。
その対策として、②で分けた細かい作業単位に締切を設定して、マラソンのラップタイムのように「いつまでに、どこまでいけば大丈夫か」が分かるようにしました。
⑤「集中しづらさ」対策
①~④で書き出した情報は有用なものですが、ときに大量になり過ぎて、どこに注目すれば良いかが分かりにくく、目移りしてしまいがちでした。目移りすると、それに伴って思考の対象も変わってしまいます。今「経費精算申請書の作成」をしていたのに、新着メールの通知に引っ張られて「人事からのメール閲覧」に変わってしまっていたり、といった経験がある方は少なくないのではないでしょうか。
対策としては、「これだけ見ておけばいいですよ!」という、見るべき情報をできるだけ絞り込ませるような見え方になる工夫をすることです。たとえば、すでに終わった作業に取消線を引いたり、「今やるべき作業」だけを集めてリスト化したり、といったところです。
上記①~⑤を「紙1枚」に集約させたのが下記になります。
※上記画像の「ステータス」は以下のようにご理解ください。
- 自分:自分がボールを持っている(タスクの進捗の主導権を握っている)
- 相手:自分以外の他人がボールを持っている
- 予定:誰もボールを持っておらず、特定の日時に自然と発生する
- いつか:自分がボールを持っているが、締切がなく「いつかやれればいい」程度である
劇的に変わった仕事生活
このような仕組みをExcelで作った私の仕事生活は、劇的に変わりました。特性はそのままでしょうがないと考え、代わりにこの仕組みに沿って仕事を進めていったところ、それぞれの特性による困りごとが驚くほどなくなっていったのです。
以前は、退社後や休日にも仕事のことが頭から離れず鬱々としていました。それが、このやり方を取り入れてからは、毎日退社後や休日は「定期試験の最終日の解放感」を味わうことができるようになりました。
自分の苦手を徹底的に受け容れ、そんな自分をそのままカバーする仕組みを作っていき、自身の発達障害特性による困りごとをことごとくカバーするExcelが完成しました。このExcelこそ、本書で紹介する「紙1枚」のベースとなるものです。
私の人生はここでようやく底を打ちます。8年間抱えてきた仕事の悩みがウソみたいに解消され、会社での仕事に自信が持てるようになり、会社員として人並みに食べていけるようになりました。特性がなくなったわけではありません。仕事のやり方をほんの少し変えただけ。ただそれだけでよかったのです。
『発達障害の僕らが生き抜くための「紙1枚」仕事術』(SBクリエイティブ)
「紙1枚」を活用した仕事上の工夫
この「紙1枚」仕事術を活用すると数々のメリットがあります。その一部をご紹介します。
「面倒くさい」は幸せの青い鳥
「紙1枚」仕事術では、タスクはより細かいサブタスクへ分解して着手しやすくします。しかし、それでも「面倒くさい……」と感じて、自然と手が止まってしまうことがあります。面倒くさいと感じることは、ADHDによく起こりがちな「先送り」を引き起こすことにつながります。
そんなときは、そのサブタスクが、自分が実行可能なレベルまで分解されていないことが多いのです。「面倒くさい」と感じたら、それは「そのサブタスクをもっと分解しよう」の合図です。「面倒くさい」と感じること自体はネガティブなイメージですが、実は先送りに陥りそうな自分を救ってくれる幸せの青い鳥なのです。
「『面倒くさい』というサインが出たぞ! よし、サブタスクを分解しよう」と変換する思考習慣ができたら無敵です。サブタスクをザクザクカットしていくうちに、面倒くさい気持ちはどこかへ飛んでいき、代わりに「面倒くさくない」サブタスクのリストができあがります。
『発達障害の僕らが生き抜くための「紙1枚」仕事術』(SBクリエイティブ)
「マルチタスク」という幻想を捨てよう
現代社会では仕事をするうえで、一人でいくつものタスクを同時に実行する「マルチタスク状態が”当たり前”」という「幻想」が一般的に広くあるような気がします。
実は、マルチタスクは、それぞれのタスクをサブタスクへ分解し、そのサブタスクたちを次々に終わらせていくことでしか対処できません。ある取引先へのメールを打ちながら、別の取引の担当者とまったく違う内容の電話をするようなことは不可能なのです。
つまり、「田中商事に送るサービスの見積書を作成する」というタスクと、「Cさんからのお礼メールに返信する」というタスクが2つ同時に存在していて、今は前者のサブタスクの2つ目に着手していますよ、という「紙1枚」では至って普通な仕事のこなし方が、世に言う「マルチタスク」なのです。難しく考えるほどのことではない気がしてきませんか?
「できる人」は、この「シングルタスク」を非常に効率よく無駄なく高速で処理していると言えます。
『発達障害の僕らが生き抜くための「紙1枚」仕事術』(SBクリエイティブ)
特性も含めて自分自身
タスク管理は「たまたま」
筆者は、自分の特性をカバーする方法を自分なりに考えていた結果たどりついたのが、たまたまタスク管理でした。もしかしたら、他の方はまた別のやり方にたどりつくかもしれません。
仕事術の本を執筆し、それを広める活動をしている筆者ですが、もっと他のところに目を向けて、それぞれがそれぞれなりの「障害特性への対策」を立てれば良いと考えています。
特性を「なかったこと」にしない
ただ、その根っこのところで大事にしたい考え方があります。それは、自分の特性を否定して「なかったこと」にしようとしないというものです。特に、ADHDに限らず、発達障害の特性は、なかったことには基本的にはできません。一生付き合い続けていく必要があります。
したがって、特性も含めて自分自身だと考え、「障害特性込み」で対策を立てるのをお勧めします。また、特性があることによって困ったり悩んだりすることも、「そのようなことがあってもしょうがない」「そういった困りごとがあって当たり前」という考え方ができると、実は特性への対処が進みやすくなるのです。
「どうせ自分なんて」と思っている気持ちや自分の特性をそのまま受け止め、自分の心に刻んでください。「どうせ」と思っている自分も、特性で困ってもがいている自分も、他ならぬ自分なのです。決して否定する必要はありません。
辛さを抱えているからこその生き抜き方があります。「紙1枚」仕事術もその1つです。失うものは何もありません。お金もいりません。
『発達障害の僕らが生き抜くための「紙1枚」仕事術』(SBクリエイティブ)
そんな風に障害特性を受け容れ、困りごとに対処していった結果生まれた「タスク管理」を、もしご自分で参考になりそうでしたら、ぜひ試してみてください。
その際は、本記事でご紹介した小鳥遊の著書『発達障害の僕らが生き抜くための「紙1枚」仕事術』がお役に立てると思います。
なお、就労には、本書でご紹介する「タスク管理」スキルとあわせて、その他のスキルのトレーニングも必要です。独学でそのすべてを習得するのは、膨大な手間と時間がかかります。
就労移行支援事業所ディーキャリアでは、働くことで悩みを抱えている発達障害のある方の支援をおこなっています。就労移行支援事業所ディーキャリアは、利用者様一人ひとりに合う金銭管理方法を見つけるサポートも行なっています。
就労移行支援事業所とは、障害のある⽅が就職するための「訓練・就職活動」の⽀援をおこなう障害福祉サービスの一つです。(厚⽣労働省の許認可事業)
就職とは人生の目的を実現するための通過点です。自分の「なりたい」姿を見つけ、障害特性への対策と自分の能力を活かす「できる」ことを学び、社会人として長く働くために「やるべき」ことを身に付ける。
「なりたい」「できる」「やるべき」の 3 つが重なりあうところに仕事の「やりがい」が生まれると、私たちは考えています。
ご相談は無料です。フリーダイヤル、または、24 時間受付のお問い合わせフォームにて、お気軽にお問い合わせください(ご本人様からだけでなく、当事者のご家族の方や、支援をおこなっている方からのご相談も受け付けております)。
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記事監修:北川 庄治(デコボコベース株式会社 プログラム開発責任者)
東京大学大学院教育学研究科 博士課程単位取得満期退学。通信制高校教諭、障害児の学習支援教室での教材作成・個別指導講師を経て現職。