ASDの自分が法事の送迎で気づいた、コミュニケーションのすれ違い
法事が苦手なのは、故人を悼みたくないからではない
ASDのある自分は、法事があまり得意ではありません。
故人を悼むことが嫌なわけではないのです。ただ、法事の前後に発生する親戚同士の雑談のような、「何のために話しているのか」「いつ終わるのか」がはっきりしないコミュニケーションは、かなり負荷が高い。
仕事上の面談や会議、営業などは比較的問題なくできます。そこには目的があり、自分の役割があり、何を達成すれば終わるのかが分かるからだと思います。
「送ってほしい」から見えていたもの
そんな自分に、母から頼みごとがありました。
「法事には出なくてもいいから、せめてお寺さんを車で送ってほしい」
しかし、その日は仕事があり、送迎はできませんでした。
そこで自分は、本当に悪気なく言いました。
「じゃあタクシーで帰ってもらえばいい。お金は自分が出す」
自分の中では、完全に解決したつもりでした。
頼まれたことは、お寺さんを目的地まで送り届けること。自分が運転できないならタクシーを手配する。費用も自分が負担する。目的は同じように達成される。
我ながら、なかなか合理的な提案です。
ところが母から返ってきたのは、
「そういうことじゃない。」
という言葉でした。
その瞬間、自分には本当に意味が分かりませんでした。
しばらく考えて、ようやく少し分かってきました。
母が頼んでいたのは、単なる移動手段ではなかったのだと思います。法事そのものには参加しなくても、「家族の一員として、お寺さんを送り届けるくらいは関わってほしい」という意味が含まれていたのかもしれません。
自分は「輸送」という機能を受け取っていた。
母は「家族としての関わり」を頼んでいた。
同じ「送ってほしい」という言葉から、見えていたものが違っていました。
分かっていたけれど無視したのではありません。その意味が、本当に見えていなかった。
少なくとも自分の場合、ときどきこういうことがあります。自分なりに筋の通った行動をしている。相手がなぜ傷ついたのか分からない。
後から説明されたり、自分で分析したりして、「そこにそんな意味があったのか」と初めて知る。
普段は普通に仕事をして、人と話し、支援者としてコミュニケーションについて考えています。そのぶん、自分が多数派とは少し違う世界の読み方をしていることを忘れている時間も長いのだと思います。
だから今回、久しぶりにそのズレを強く突きつけられて、かなり疲れました。

見えていなかった意味を、支援でどう扱うか
就労移行支援の場でも、「言われた通りにしたのに、なぜダメだったのか分からない」「なぜ相手が怒ったのか分からない」という話を聞くことがあります。
支援する側からは、「この場面では、こういう意味も含まれているだろう」と見えることもあります。
でも今回、自分自身が完全にそちら側に立ちました。
本人が何かを見落としているというより、本人が認識している世界には、その情報が最初から存在していないことがある。
だから支援するときも、「普通は分かる」「それくらい察するものだ」とは考えたくありません。
この人には、何が見えていたのだろう。
逆に、こちらに見えている何が見えていなかったんだろう。
まずはそこから考えたいと改めて思った出来事でした。
筆者プロフィール
竹村 ゆうじ (ディーキャリアびわこ第一オフィス管理者)
発達障害のある方の就職支援に携わる一方で、歴史とゲームと漫画が好き。お酒も好き。
いまは『Beast of Reincarnation』をプレイ中。
また、『鬼武者 Way of the Sword』『STRANGER THAN HEAVEN』『FINAL FANTASY VII REMAKE』シリーズ完結編など、これから続く大作ラッシュに今からそわそわしています。
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