『普通』という言葉が当事者を苦しめる理由
こんにちは!ディーキャリア川崎オフィス 職業指導員の吉村です。
本日は「普通」という言葉について考えていきたいと思います。

「普通にできるよね?」
この言葉は、日常の中でとても気軽に使われています。
確認のつもりだったり、励ましのつもりだったりすることもあります。
決して強い言い方ではなく、深い意味もない場合がほとんどです。
けれど就労移行支援の現場では、この一言が、思いがけず人を苦しめてしまう場面を目にすることがあります。
「これ、普通にできるよね?」
そう言われたとき、
胸の奥がきゅっと縮むような感覚になる方を、私は何人も見てきました。
怒られているわけでも、責められているわけでもありません。
それでも、その場ではうまく言葉が出てこなくなったり、
あとになってから強い疲れを感じたりすることがあります。
後日、落ち着いて話を聞くと、こんな言葉が返ってくることがあります。
「なぜか苦しかったです」
「何が悪かったのか分からないけれど、自分がダメなんだと思いました」
たとえば、説明を一度で理解しきれず、頭の中で整理しているうちに話が先に進んでしまうこと。
指示の内容は分かっているのに、どこから手をつければいいのか迷ってしまうこと。
疲れている理由をうまく言葉にできず、「やる気がない」と受け取られてしまうこと。
どれも、本人にとっては必死に向き合っている最中で起きていることです。
それでも社会は、当たり前のように「普通」を基準にします。
「普通にできるはずですよね」
この言葉は、基準を示しているようでいて、その中身はとても曖昧です。
誰の普通なのか。
どの場面での普通なのか。
どの程度できていれば普通なのか。
それがはっきりしないまま、「普通」が前提になると、
そこから外れた人は、説明を求められる側になります。
努力が足りないのではないか。
気持ちの問題ではないか。
性格のせいではないか。
本当は、「できない」のではなく、
「同じやり方ではうまくいかない」だけかもしれないのにです。
就労移行支援の現場で大切にしているのは、
「普通にできるかどうか」ではありません。
「その人に合うやり方は何か」を一緒に探すことです。
手順を細かく分けてみる。
確認のタイミングを変えてみる。
環境や仕組みを少し調整してみる。
そうした工夫を重ねることで、
「普通にできない」と思われていた方が、
自分の力を発揮できるようになる場面を、私は何度も見てきました。
「普通」は、能力の証明ではありません。
多数派にとって都合のよい形が、そう呼ばれているだけなのだと思います。
もし今、「普通」を求められて苦しくなっている方がいたら、
それはあなたが弱いからではありません。
社会の基準と、あなたの特性が、たまたま噛み合っていないだけです。
そして、そのズレは調整できます。
支援とは、「普通」に近づけることではなく、
その人が無理をせずに働き続けられる形を、一緒に見つけることだと、私は考えています。

支援者や企業側ができることは、
「普通」を求めることではなく、
その人が力を出せる条件を一緒に整えることではないでしょうか。
それは特別な配慮ではなく、働く人を大切にするための、ごく基本的な考え方なのだと思います。
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